「何か」はいつ「誰か」になるのか|見えないものが名前・顔・性格を持つまで【見えないものの文化史④】

「見えないものの文化史」シリーズ
人は、目に見えないものをどのように理解してきたのでしょうか。
妖怪、物の怪、穢れ、疫病神、そして世界各地の怪異を手がかりに、正体の分からない「何か」が、どのように名前や意志、姿を与えられてきたのかを追うシリーズです。

これまで、「妖怪の名前と姿は最初からセットだったのか」「妖怪になる前の“名前のない何か”とは何だったのか」、そして「なぜ穢れには顔がないのに、疫病神には顔があるのか」を調べてきました。

そこで、もう一つ大きな疑問が出てきます。

正体の分からない「何か」は、いつ「誰か」になるのでしょうか。

たとえば「穢れ」は、目には見えませんが、人や場所が通常とは異なる状態になったことを表します。一方、物の怪になると「何かが人に取り憑いている」と考えられるようになる。御霊や疫病神になれば、その存在は怒り、災いを起こし、祀れば鎮まる「相手」にまでなります。そして妖怪になると、名前や姿、特徴まで与えられることがある。

こう並べると、「見えないものが少しずつ人間に近づいていく」ようにも見えます。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

調べていくと、必ずしも「姿を持つこと=人になること」ではないことが見えてきます。姿がなくても、人間のように怒り、こちらの行為に反応する存在がいる。一方で、『百鬼夜行絵巻』には、はっきりした身体を持ちながら名前さえ分からない異形もいます。

もしかすると、見えないものが「人になる」とは、人間の姿になることではないのかもしれません。

今回は、「何か」が「誰か」になるとはどういうことなのかを考えてみます。

「人になる」とは、人間の姿になることなのか

「擬人化」という言葉を聞くと、動物や物に人間の顔や手足を付けることを想像しがちです。しかし怪異や神霊を考えると、それだけではうまく説明できません。

たとえば、顔も身体も見えないのに「怒っている」と考えられる存在があります。反対に、絵巻の中には身体を持って歩いているのに、その名前も性格も分からない異形がいます。

国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪画像データベース」でも、本来、民間伝承では妖怪の名称や行動が語られていても画像化された姿を持たないことがあり、一方で近世以前の妖怪画には姿だけが描かれ、名称の分からないものが多く存在したことが説明されています。名前と姿を強く結びつけていったのは、鳥山石燕ら江戸時代の妖怪絵師たちでした。

つまり、「誰かになる」という変化には、身体以外にもいくつかの要素がありそうです。

状態なのか。何かの作用なのか。そこに何かがいるのか。何かが行動しているのか。意志があるのか。名前があるのか。姿があるのか。そして、その存在について物語まで語れるのか。

それぞれを分けて考えると、見えないものに人間がどのように輪郭を与えてきたのかが、少し見えやすくなります。

穢れ――「誰か」ではなく、まずは状態がある

最も「誰か」から遠いところにある例として、まず穢れを考えてみます。

國學院大學の『Encyclopedia of Shinto』では、穢れは清浄の反対にある汚染・不浄の「状態」として説明されています。自然に生じる現象によって起こり、人に付着することで社会にも災いを及ぼすと考えられ、禊などによって清められました。

重要なのは、ここに行為者を置く必要がないことです。

「人が穢れた」「場所が穢れた」と考えることはできますが、「穢れが怒って人間を襲った」と考えなくても成立する。

つまり穢れは、「誰がやったのか」ではなく、「今どういう状態なのか」を説明するものです。

見えないものが、まだ人格を必要としない段階だと考えることができます。

祟り――状態の向こうに「何かの意志」が見え始める

次に考えたいのが、「祟り」です。

國學院大學の解説では、祟りは霊的存在が引き起こす災厄の状態や悪影響、あるいはその中で働く超自然的な力として説明されています。疫病や災害が起きた際には、占いや託宣によって「どの神霊が、なぜこの災いを起こしているのか」を明らかにしようとすることもありました。

祟りそのものには、河童や鬼のような顔はありません。

しかし、「誰かが怒っているのではないか」という存在が、その向こう側に見え始めます。

穢れが「状態」だとすれば、祟りは**「作用」**に近い。

そして作用について「なぜ起きているのか」と問うと、その背後に意志を持った存在が現れる可能性があります。

見えないものが「誰か」になるまでには、状態と人格の間に、こうした「作用」という領域もあるのです。

「もの」――正体は分からない。でも、何かはいる

前の記事では、古い日本語の「もの」について調べました。

國學院大學では、「もの」と「ち」は古く霊を表す語であり、「もの」は恐怖や畏怖の対象を直接名指しすることをためらった際に使われる抽象的な表現だったとする考え方が紹介されています。「もののけ」という言葉も、その例の一つです。

ここでは穢れとは少し違います。

「状態が悪い」というだけではない。

何かがいる。

ただし、その「何か」が誰なのかは分からない。何を考えているのかも分からない。どんな姿をしているのかも分からない。

つまり「もの」は、正体不明の存在や気配を考えるための領域として見ることができます。

穢れでは「状態」だったものが、ここでは「存在」になります。

物の怪――「いる」から「やっている」へ

そこからさらに一歩進むと、物の怪のような存在が見えてきます。

物の怪は、人に取り憑き、病気や苦痛などを引き起こすものとして理解されてきました。

ここでは、単に「何かがいる」だけではありません。

何かが、人間に対して何かをしている。

存在に「行為」が加わります。

これは大きな変化です。

「そこに何かがいる」というだけなら、人間との関係はまだ必要ありません。しかし、「その何かが自分を病気にしている」と考えた瞬間、人と怪異の間に関係が生まれます。

それを取り除く。鎮める。正体を知ろうとする。

見えない存在が、「こちらに働きかけてくる相手」になっていきます。

御霊や疫病神――人は「顔」より先に「心」を与える

さらに興味深いのが、御霊や疫病神です。

御霊は、社会に災害や疫病をもたらす霊的存在として恐れられました。御霊会では、そうした存在を慰撫し、鎮め、送り出そうとしました。また、継続的に祀ることで、恐ろしい力を逆に守護する力へ変えようとした例もあります。

ここまで来ると、その存在にはかなり人間的な性質があります。

怒る。災いを起こす。慰めれば鎮まる。祀れば守る存在になることもある。

しかし、ここで重要なのは、必ずしも先に固定した身体が必要ではないことです。

私たちは「擬人化」というと、まず顔を描くことを想像します。しかし実際には、姿がはっきりしなくても、その存在に「怒り」や「望み」があると考えることができます。

つまり、

人は、見えないものに「顔」を与える前に、「心」を与えることがある。

これが、「何か」が「誰か」になる過程を考えるうえで大きなポイントだと思います。

心を持つと、「関係」が生まれる

意志を持つ存在になると、人間側からできることも増えていきます。

祟りなら、その原因となった過ちを正そうとする。御霊なら、祀って鎮める。疫病神なら、追い払ったり、侵入を防いだり、ときには「もう来ない」と約束させる伝承まであります。

つまり相手に心があると考えることで、

「何が起きているのか」

だけではなく、

「相手は何を望んでいるのか」

を考えられるようになる。

ここで見えないものは、単なる原因ではなく、社会的な相手に近づきます。

神や霊を「人間そっくりの存在」と捉える必要はありません。それでも、「こちらの行為に反応する存在」と考えた時点で、そこには一種の関係が成立しています。

名前を持つと、「同じ存在」として語れるようになる

次に加わるのが「名前」です。

香川雅信氏によれば、江戸時代以前には鬼や天狗のような限られた怪異のエージェントが想定されていましたが、個別の怪異に大量の名称が与えられる状況へ大きく変化するのは17世紀です。特に寛永年間以降、妖怪の名称が急速に増えていきました。

名前が付くと、見えない存在にもう一つ大きな変化が起こります。

「あのとき現れた変なもの」と「別の村で語られた変なもの」を、「同じ種類の存在」として結びつけることができる。

他の怪異と区別することもできる。

人に伝えることもできる。

集めて一覧にすることもできる。

つまり名前とは、単なるラベルではなく、正体の曖昧だった存在に社会的な同一性を与えるものでもあります。

「何か」が「○○」になることで、その存在は繰り返し語られることのできる「誰か」に近づいていきます。

しかし、身体は名前より後とは限らない

ここまで読むと、「状態→存在→行為者→意志→名前→身体」と一直線に進みそうに見えます。

しかし妖怪研究の面白いところは、このモデルがすぐに崩れることです。

『百鬼夜行絵巻』には、はっきりした身体を持ちながら名前のない異形が数多く描かれています。国際日本文化研究センターも、近世以前の妖怪画には姿だけが描かれ、その名称や性質が説明されていないものが多かったとしています。反対に、民間伝承では名称や行動が語られていても、具体的な画像を持たないものが存在しました。

つまり、

名前が先に生まれることもあれば、身体が先に生まれることもある。

さらに、御霊のように固定した身体を持たなくても、強い意志を持つ存在もいます。

だから、「見えないものが人になる」という変化を、一つの進化の階段として考えるのは難しそうです。

名前と姿が結びつくと、「キャラクター」に近づく

ただし、名前と姿が結びつくと、その存在の輪郭が急に強くなるのは確かです。

「河童」という名前を聞けば、現代の多くの人は似た姿を想像します。「天狗」と聞いても、ある程度共通したイメージがあります。

さらに、「水辺にいる」「こんな行動をする」「これが苦手」といった特徴が加わり、物語の中で何度も登場するようになると、その存在は私たちがいう「キャラクター」にかなり近づきます。

国際日本文化研究センターは、江戸の妖怪絵師によって民間伝承の名称・行動と絵画の画像が結びつき、その後、昭和期の漫画や児童向け妖怪図鑑などを通して、「妖怪には名前と画像がある」という現在の認識が広がったと説明しています。

つまり、妖怪が「キャラクター」になるためには、顔を与えるだけでは足りません。

名前、姿、行動、特徴、そして物語。

そうした情報が積み重なることで、存在の輪郭が強くなっていきます。

見えないものを並べてみる

ここまでの話を、あえて一度並べてみます。

見えないもの主に見えてくる性質
穢れ状態
祟り作用
「もの」存在・気配
物の怪行為主体
御霊・疫病神意志・社会関係
鬼・天狗など名前・カテゴリー
妖怪画の異形身体
後世の妖怪キャラクター名前・身体・性格・物語

ただし、この表を「日本の怪異が上から下へ進化した歴史」と見るべきではありません。

鬼や天狗は古くから名前を持っています。百鬼夜行の異形は、名前を持たないまま身体を持っています。御霊は固定された姿を持たなくても、怒りや意志を持つ相手として理解されます。

これは時系列ではなく、見えないものに人間が与えることのできる性質を整理したものです。

そう考えると、「人になる」という言い方自体も少し違って見えてきます。

「人になる」のではなく、「関係できる存在になる」

ここまで調べてきて、むしろ重要なのは、人間に似た顔や身体を持つことではないのではないかと思えてきました。

重要なのは、

人間が、その存在に対して何かできるようになること。

穢れなら、祓う。

祟りなら、原因を探して鎮める。

物の怪なら、取り除こうとする。

御霊なら、祀る。

疫病神なら、追い払う。

名前を持つ妖怪なら、その存在について他人と語る。

正体不明だった「何か」に属性が増えていくほど、人間側からできることも増えていきます。

「これは何だろう」と恐れるしかなかった存在が、「こういう存在だから、こうすればいい」と考えられる相手になっていく。

そう考えると、見えないものが「人になる」というより、

「関係できる存在になる」

と表現した方が近いのかもしれません。

「何か」が「誰か」になるまで

最初にあるのは、ただの異変だったのかもしれません。

何かがおかしい。

そこに作用を感じる。何かの気配を感じる。そして、「何かがやっている」と考える。その存在には意志があると考え、名前を付け、姿を描き、やがて性格や物語まで語るようになる。

しかし、その順番は一つではありません。

顔がなくても心を持つ存在がいる。

名前がなくても身体を持つ存在がいる。

状態のまま、最後まで「誰か」にならないものもある。

だから、見えないものが「人になる」とは、人間の姿になることではないのでしょう。

「何か」が、名前を呼び、意図を推測し、こちらから働きかけることのできる「誰か」になっていくこと。

それが、人間が見えないものに輪郭を与えてきた一つの方法なのかもしれません。

そして、ここで次の疑問が出てきます。

この考え方は、日本だけのものなのでしょうか。

古代ギリシアには、日本の穢れとも比較できる「miasma(ミアスマ)」という汚染の概念がありました。一方、古代メソポタミアでは、病気や出産時の危険が、ラマシュトゥのように名前と姿を持つ悪霊として表現されることがあります。

世界の人々もまた、「見えない何か」に輪郭を与えてきました。しかし、その方法は日本と同じだったのでしょうか。

次は、世界の「見えないもの」はどのように姿を与えられてきたのかを、日本と比較してみたいと思います。

シリーズ記事一覧

「見えないものの文化史」では、人間が正体の分からないものに、どのように名前・意志・姿を与えてきたのかを追っています。

参考文献・参考資料

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