古代エジプトにも幽霊はいたのか?|死者に手紙を書いた人々

古代エジプトと聞くと、ミイラやピラミッド、『死者の書』などを思い浮かべる人が多いでしょう。

死後の世界を重視した文明だったことはよく知られています。しかし、古代エジプト人と死者との関係を調べていくと、もっと身近で不思議な習慣が見えてきます。

彼らは、亡くなった家族に「手紙」を書いていました。

しかも、「会いたい」「寂しい」と気持ちを伝えるだけではありません。病気を治してほしい。財産を守ってほしい。家族を助けてほしい。自分たちだけでは解決できない現実の問題を、死者に頼んでいたのです。

なぜ、死んだ人にそんなことを頼んだのでしょうか。

今回は、古代エジプトに残された「死者への手紙」を手がかりに、彼らが死者をどのような存在として捉えていたのかを見ていきます。

本当に残っている「死者への手紙」

「死者への手紙(Letters to the Dead)」は、研究者がつけた現代の呼び名です。

古代エジプトでは、生きている人が亡くなった家族に助けを求める文章を、陶器の鉢やパピルス、リネン、石碑などに記していました。研究者Julia Trocheによる整理では、確実な例として21通、19点の資料が挙げられています。

数としては決して多くありません。しかし、古王国時代から末期王朝時代まで長い期間にわたって確認されていることから、生者が死者へ働きかけるという発想そのものは、一時的な特殊例ではなかったと考えられています。

そして重要なのは、これらが単なる追悼文ではないことです。

手紙を書く目的は、ほとんどの場合、現実に起きている問題を解決してもらうことでした。

相続や財産をめぐる争い。病気。子どもができないこと。家族への危害。

死者は、思い出の中にいるだけの存在ではありません。

生きている人間の問題に、今も働きかけることのできる存在だったのです。

亡くなった父と母に助けを求めたシェプシ

「死者への手紙」の中でも有名なのが、カウ・エル=ケビールの墓から発見された「カウの鉢(Qau Bowl)」です。

赤い陶器の鉢に、シェプシという男性から亡くなった父イインケンムトと母イイへ向けた二つの文章が書かれています。父への手紙は鉢の内側、母への手紙は外側に記されていました。

シェプシが訴えているのは、家族や財産をめぐる問題です。

彼は亡くなった父に対し、自分が不当な扱いを受けていることを訴え、死後の世界から介入してほしいと求めます。母にも、自分を助けるよう働きかけています。

ここで面白いのは、シェプシが父母に対して遠慮がちな祈りを捧げているだけではないことです。

むしろ、

「あなたたちは、なぜ自分を助けてくれないのか」

と問いかけるような調子があります。

死者は神ではありません。

あくまで、亡くなった「家族」です。

だからこそ、頼ることもできれば、責任を求めることもできたのでしょう。

「では、誰があなたに水を供えるのか?」

母イイへの手紙には、さらに興味深い言葉があります。

シェプシは、生前に母へ食べ物を与えたことを思い出させたうえで、自分が苦しんでいる状況を訴えます。そして、助けてもらえないのであれば、「誰があなたのために水を注ぐのか」という趣旨の言葉を投げかけます。

これは単なる親子げんかのような言葉ではありません。

古代エジプトでは、生者が死者に食物や飲み物を供えることが重要でした。墓ではパンやビール、水などが供えられ、死者との関係を維持する行為の一つになっていました。

つまり、生者と死者の関係は一方通行ではありません。

生者は、死者へ供物を捧げる。死者は、生者を助ける。

双方が役割を持つ関係だったと考えることができます。

American Research Center in Egyptは、この関係を「死後世界の社会契約」という表現で紹介しています。

もちろん、本当に契約書を交わしていたわけではありません。

それでも、「自分はあなたのために供物を捧げているのだから、あなたも自分を助けてほしい」という発想は、死者と生者の関係を理解するうえで分かりやすいものです。

死によって家族関係が終わるのではなく、形を変えて続いていたのです。

死者には何を頼んだのか

「死者への手紙」で頼まれている内容を見ると、古代エジプトの死者がどれほど生活に近い存在だったのかが分かります。

確認されている手紙では、相続や財産、病気からの回復、危害からの保護、子どもを授かることなどが問題になっています。

中には、死者に「あの世」で争いを解決してほしいと求めるものもあります。

古代エジプトでは、死後の世界にも裁きや秩序があると考えられていました。そのため、生者を苦しめる別の死者がいる場合、亡くなった家族に対して、その相手へ働きかけることを期待する例もありました。

現代の感覚では奇妙に思えます。

しかし彼らにとっては、

「自分では手の届かない世界の問題だから、その世界にいる家族に頼む」

という発想だったのかもしれません。

死者は遠い存在ではなく、生者にはできないことを頼める存在だったのです。

病気を治してほしい――死んだ妻への手紙

別の「死者への手紙」には、さらに直接的な願いが記されています。

第一中間期頃のものと考えられている石碑には、メリルティフィという男性から、亡くなったネベティオテフへの文章が残されています。二人は夫婦だったと考えられています。

メリルティフィは、亡くなった妻に自分の病を取り除いてほしいと頼みます。

そして興味深いことに、自分のために働く妻の姿を、夢の中で見たいという趣旨の願いまで記されています。

ここには、死者とのコミュニケーションのもう一つの形が見えます。

手紙を書いても、死者から紙の返事が届くわけではありません。

しかし、夢の中なら会えるかもしれない。

古代エジプトでは、夢が神や死者など、人間とは異なる存在と接触する場になることがありました。

「死者への手紙」もまた、生者から死者へ働きかける一つの手段だったのでしょう。

古代エジプトの「魂」は一つではない

では、死んだ人間はどのような存在になると考えられていたのでしょうか。

古代エジプトの死後世界については、以前「死者の書」を調べたときにも触れました。

古代エジプトの「死者の書」には何が書いてあるのか?

そこでは、死者が死後の世界を旅し、さまざまな危険や審判を乗り越え、死後も存在し続けるための考え方を見ました。

今回はそこを繰り返すのではなく、「死者が生者へ働きかける」という点から、もう少しだけ古代エジプトの死者観を見てみます。

古代エジプトでは、人間の死後の存在を、現代の「魂」という一語だけでは説明できません。代表的な概念として、ka(カー)・ba(バー)・akh(アク)があります。

kaは生命力と深く結びつく存在、baはその人の個としての性質と関係し、死後も移動できる存在として表現されました。baは、人間の頭を持つ鳥の姿で描かれることもあります。

そして、死後の変容を経て成立する重要な存在がakhです。

akhは、「有効な存在」「力を持って働く存在」といった意味を持ち、死後も何らかの力を発揮する死者を考えるうえで重要な概念です。

ただし、

ka=魂、ba=幽体、akh=幽霊

のように単純に置き換えることはできません。

古代エジプト独自の宗教観の中にある概念だからです。

それでも、「死者への手紙」で生者が亡くなった家族に助けを求めていたことを考えると、古代エジプト人にとって死者が、死後も何らかの力を持つ存在だったことが見えてきます。

今回重要なのは、「死後にどんな世界へ行くのか」よりも、

死んだあとも、生者へ働きかけることができると考えられていたこと

なのです。

死者は味方にも、災いの原因にもなった

ここまで見ると、古代エジプトの死者は家族を守ってくれる「守護霊」のようにも思えます。

しかし、それほど単純ではありません。

病気や不幸が続いたとき、その原因として死者が疑われる場合もありました。

「死者への手紙」の中には、生者が亡くなった相手に対して、自分は生前も死後もあなたをきちんと扱ってきたはずだ、と訴えるものがあります。

なぜそんなことを書くのか。

自分に起きている不幸に、死者が関係しているかもしれないからです。

つまり死者は、

助けてくれる存在であると同時に、恐れるべき存在にもなり得た。

ここまで来ると、私たちが想像する「幽霊」に少し近づいてきます。

ただし、古代エジプトでは死者が生者に関わること自体が異常だったわけではありません。

大切なのは、その関係がどのような状態にあるのかだったのでしょう。

では、古代エジプトにも「幽霊」はいたのか?

では最初の問いに戻ります。

古代エジプトにも「幽霊」はいたのでしょうか。

現代の幽霊とまったく同じ存在がいた、と答えるのは正確ではありません。

しかし、死者は死後も存在し、生者の暮らしに働きかけ、助けたり、場合によっては害を与えたりできると考えられていました。夢を通じて接触することも期待されています。

その意味では、私たちが「幽霊」と呼びたくなる存在は確かにありました。

ただし、古代ギリシャやローマの幽霊と比べると、少し違った姿が見えてきます。

古代ローマの幽霊屋敷では、正しく葬られていない死者が生者の世界にとどまっていました。

『オデュッセイア』では、死者は肉体を失った「影」のような存在として描かれています。

一方、古代エジプトの「死者への手紙」から見えてくるのは、

死後も、生者との関係の中にいる死者

です。

必ずしも、「本来あの世にいるはずなのに、この世へ戻ってきた異常な存在」ではありません。

死者と生者が関係を続けること自体が、世界のあり方の一部だったのです。

「幽霊」ではなく、まだ家族だった?

今回、「死者への手紙」を調べていて特に印象に残ったのは、その内容の生活感でした。

亡くなった父に、財産問題を相談する。

母に、自分を助けてほしいと訴える。

亡くなった妻に、病気を治してほしいと頼む。

これは、遠い神へ祈るのとは少し違います。

相手は、かつて一緒に生活していた家族です。

死んだからといって、父でなくなるわけではない。妻でなくなるわけでもない。住む世界は変わっても、家族としての関係は続いている。

そう考えると、古代エジプトの死者は、

「この世から消えた人」ではなく、「住む世界が変わった家族」

だったのかもしれません。

古代ギリシャでは、死者は「影」のような存在として描かれていました。

古代ローマでは、本来いるべき場所へ行けない死者が怪異を引き起こしました。

そして古代エジプトでは、生者は死者へ手紙を書き、現実の問題を相談していました。

同じ「死者」であっても、その捉え方は文化によって大きく異なります。

それでも、「死んだ人は完全にいなくなってしまうのか」という問いに向き合っていることは共通しています。

人は、目に見えなくなった死者をどのように理解してきたのか。

古代の幽霊を追っていくと、それぞれの文明が考えた「生者と死者の境界」が少しずつ見えてくるように思います。

おわりに|死んでも、関係は終わらない

数千年前、古代エジプトの誰かが、亡くなった家族へ手紙を書きました。

財産を守ってほしい。病気を治してほしい。家族を助けてほしい。

そして、その文章を死者へ届けました。

それが成立するためには、死者がまだどこかに存在し、自分たちの言葉を受け取り、何らかの形で行動できると考えていなければなりません。

古代エジプト人にとって、死は確かに大きな境界でした。

しかし、生者と死者との関係まで完全に断ち切る境界ではなかった。

だからこそ、死者に手紙を書くことができたのでしょう。

古代エジプトの「幽霊」とは、この世へ迷い込んだ死者というより、死後もなお、生者との関係の中にいた死者だったのかもしれません。

次は、人類最古級の都市文明が生まれたメソポタミアへ。

そこでは、死者への供物が途絶えることが、また別の意味で大きな問題になっていました。

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参考文献・参考資料

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