大宮神社で鎌倉時代から続く伝統芸能「入来神舞」に移住者の僕が挑んだ結果。

こんにちは。伝統芸能に興味があるスーグル(@vsoogle)です。

僕の住む入来には鎌倉時代から続くとされる伝統芸能「入来神舞」がある。

その入来神舞に舞い手として出させていただいた。歴史や民俗、伝統芸能が好きな僕にとっては、とてもありがたい体験だ。

僕が担当したのは、入来神舞の第拾弐番「四方鬼神」舞の南方鬼神(赤いやつ)。

結構面白い伝統芸能だと思うが、なかなか知られていないというのも事実。
もっと知ってもらいたいので、今回は大宮神社と、そこに伝わる入来神舞について紹介する。

大宮神社

大宮神社とは鹿児島県薩摩川内市入来町にある神社。

大宮神社は、約750年前、入来の地頭だった渋谷氏の家老種田氏が、近江坂本(現在の大津市)の日吉大社から勧請し、入来院内緒社の総社として領民から信仰を受けていた。

ご祭神

大己貴命(オオアナムチノミコト)

由緒

当社は、近江国坂本に鎮座する日吉神社の支社として祀られて来た。日吉神社は山王権現とも云われ、古来朝野の信仰のきわめて深かった名神である。入来では、鎌倉時代に入来院地頭渋谷氏が勧請し始め牟田多に鎮座されたが、十一代領主入来院重豊の時現在地に遷座されたと伝える。入来院内諸社の総社として、産業生産、縁結びの神として郷民に厚く尊崇され、明治四年郷社に列格された。
出典:鹿児島県神社庁

君が代発祥の地

「君が代」発祥の地と言われている。これは大宮神社で奉納される入来神舞「十二人剣舞」の中で君が代の歌詞が詠われているため。

実際は、国歌「君が代」は明治時代に薩摩藩出身の大山巌が薩摩琵琶の曲「蓬莱山」(島津忠良作)を参考に制定してと言われている。

個人的には、島津忠良(日新公)が入来を訪れた際に、入来神舞を見て、薩摩琵琶の曲「蓬莱山」に「君が代」の歌詞を取り入れたのではないかと思う。
島津忠良の嫡男である島津貴久は、当時薩摩で大きい勢力であった渋谷一族の入来院重聡の娘である雪窓夫人(雪窓院)と結婚している。その為、入来神舞を見ていてもおかしくない。

ちなみに、島津貴久と雪窓夫人との間にできた子供が、あの有名な島津義久・義弘・歳久である。

現代日本の国歌が島津氏や入来院氏と関係あると考えたら浪漫がある。

摂社:梶山神社

入来院氏の家老種田氏が祀る神社。種田氏の家紋「丸に剣梅鉢」が刻まれている。

御朱印

大宮神社では御朱印が頂ける。一枚300円。

デザインは入来神舞の鬼神と、君が代の歌詞。

MAP:大宮神社

入来神舞

入来神舞は正確には「いりきかんんめ」、または「いりきかんべ」と読む。

入来神舞は,鎌倉時代以来大宮神社を入来総社とし,毎年例祭(11月23日と大晦日)には,入来神舞独特の神楽を奏し奉納しています。舞は種類によって異なりますが,1~12名の男女で構成され,楽は太鼓1名,笛1名です。
15世紀から16世紀前半にかけては,入来院氏の勢力が最も伸張した時期で,戦国大名化し,社寺の復興や新建が盛行して,念仏踊りなどの民俗芸能も盛んになった時代です。入来神舞もこの時代の成立ではないかといわれています。古代入来の隼人神楽,上世雅楽,出雲神楽などが混成されて,現代の演劇的入来神舞が生まれたものと推定されます。特に,神舞36番中22番12人剣舞は,奈良時代の前後にかけて,隼人族が皇宮12門の警衛にあったことから,12人剣士をもって衛門隼人を象徴されたものとみられます。12人剣舞の中では,国歌「君が代」が歌われています。
薩摩川内市無形民俗文化財に指定されました。

出典:鹿児島県HP

入来神舞は約700年前の鎌倉時代から続くともいわれる。

新嘗祭の11月23日と大晦日の12月31日に奉納されている。

練習の様子

練習場所は大宮神社横の社務所。

社務所に毎週土日の夜に集まり、舞の練習。

小学生、中学生、高校生、大人が各数人ずつ。

子供たちは練習の時は刀ではなく、木刀を使う。

お面をつけてみると視界が狭くなり、片目しか見えなくなる。本番でちゃんとできるか不安になりながらも練習に励む。

社務所には入来神舞をが描かれた凧が。迫力あるデザイン。

新嘗祭 入来神舞(2017年11月23日)

最初は入来神舞の舞台での祈祷から始まる。右にあるのは鬼神が描かれた凧。

舞台の次は社殿にて祈祷を行う。

祈祷の後は笛の演奏があった。

この日の入来神舞では、入来小学校の「ジュニア歴史ガイド」の生徒達により、各演目に説明がされた。

①猿女舞(さるめまい)

巫女が鈴と扇を持って踊る。今回は4人で舞うが、本来は2人で行う舞。

②三隈舞(みくままい)

扇を持った巫女が舞う。今回は2人で舞うが、本来は4人で舞う。

③四方鬼神(しほうきじん)

青、赤、白、黒の鬼神が順番に登場する。それぞれ東西南北と春夏秋冬の四季、木火金水を象徴している。

最初は東方鬼神。青の衣装を着て、弓と矢を持った鬼神「青龍」。

東方鬼神は春を表し、木の象徴といわれる。

2人目は南方鬼神。赤の衣装を着て、なぎなたを持った鬼神「朱雀」。

南方鬼神は夏を表し、火の象徴といわれている。

僕が演じたのはこの南方鬼神。当日初めて衣装となぎなたを持った。袴が短いし、風は強いし、なぎなたは重いし、倒れないように踏ん張っていた。

3人目は西方鬼神。白の衣装を着て、刀を日本持った鬼神「白虎」。

西方鬼神は秋を表し、金の象徴といわれる。

4人目は北方鬼神。黒の衣装を着て、熊手と斧を持った鬼神「玄武」。

北方鬼神は冬を表し、水の象徴といわれている。

「四方鬼神」舞だが、鬼神は5人出て来る。最後は中央鬼神だ。

中央鬼神は黄色の衣装を着て、扇とぶちを持って登場する。

各鬼神が隅に座り、中央鬼神が舞う。

四方鬼神舞の動画

④十二人剣舞

奈良時代に隼人族が皇宮12門の守りにあったことに由来すると言われ、この中で「君が代」の歌詞が詠われることから、大宮神社は君が代の発祥と言われている。

⑤杵舞と田ノ神舞

杵舞は稲作の豊穣を祈願する舞。杵を持った2人が田起しや杵つきなど稲作の様子を舞う。

杵舞の途中で田ノ神が登場。この緑の仮面の人物が田ノ神。

田ノ神舞は、田ノ神が皆が知らない間に、昼も夜も毎日、田んぼを見回りしている様子を舞う。

大晦日 入来神舞(2017年12月31日)

大晦日の入来神舞は、23時半から元旦の2時頃まで行われる。僕は新嘗祭で演じた四方鬼神の他に、「火之神」舞にも出させていただいた。

火之神舞は火がついている松明を持って舞う。

夜の帳の中、松明の光が幻想的。

存続の危機

入来神舞の担い手は徐々に少なくなっており、存続の危機を迎えている。子供の頃から参加していても、高校を卒業すると県外に出る子が多いので担い手がずっといるわけではない。

僕が入来神舞に出たのも正直人材不足の為。昔は地元の子供でもやりたくても、中々できなかったみたい。

現在は地域外のメンバーを受け入れて担い手を募集している。一緒に入来神舞の担い手になりませんか?

興味ある方は、Contactページから問合せして頂くか、下記にご連絡下さい。
問合せ:0996-44-3460(入来神舞保存会)

まとめ


僕は今回、入来神舞の担い手として参加した。しかし、ただ参加しただけでは人数合わせにしか過ぎない。

形を変えなければ伝統を守れない。現在は地域外のメンバーを受け付けていたり、男子のみで行っていた舞に女子が入ったりと柔軟に対応することが重要。今回、他所から来た僕が参加したことも意味があるのではないか、また、そういう意味で繋ぎ役になれるのではないか感じた。

これからは伝統芸能の繋ぎ役として、入来神舞の継承に貢献していきたい。継承の仕組みづくりも課題だ。

入来神舞 メディア実績(2017年度)

南日本新聞(2017年11月29日)

 

南日本新聞(2017年12月15日)

 

 

南日本新聞(2018年1月5日)

 

毎日新聞(2018年1月3日)

 

Web版毎日新聞(2018年1月3日)


入来神舞 新年祝う 薩摩川内 /鹿児島 夜のとばりの中、たいまつを持って演じた火神舞

約700年の歴史を持つ薩摩川内市入来町の大宮神社に伝わる新年の伝統行事、入来神舞(かんめ)が1日、境内で奉納された。
1日午前0時を迎えると、神職や氏子が神楽や剣(つるぎ)舞、巫女(みこ)舞や、五穀豊穣(ほうじょう)を祈って杵(きね)を手に行う杵舞といった独特な舞台を見せ、新年を祝う。
戦時は中断したが、1958年に保存会ができて復活し、今に継承されている。人口減少で舞い手が減る中、入来小・中学校の児童生徒や入来地区担当の地域おこし協力隊員も加わって演じた。
たいまつを持って舞う「火神(ひのかみ)舞」や鬼面をかぶる鬼神を演じた協力隊員の奥村卓(すぐる)さん(30)は182センチの長身でひときわ存在感を放った。「練習を見学したら誘われ、11月から練習を重ねた。たき火に囲まれ幻想的で、なくしてはいけない行事だと感じた」と感想を語った。【降旗英峰】
出展:毎日新聞 2018年1月3日 地方版

Facebookでの情報発信

大宮神社

 

新嘗祭 入来神舞(2017年11月23日)

 

大晦日 入来神舞(2017年12月31日)

おまけ

ちなみに、入来文化ホールの緞帳には入来神舞の四方鬼神舞や十二人剣舞が描かれている。

入来神舞の他にも、入来を象徴する茅葺門、きんかん、玉石垣、愛宕山の寝西郷、日之丸が描かれている。

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    「埋もれた歴史を発掘・発信」をテーマに薩摩の地でイベント企画や商品開発、情報発信をしています。( 山城の観光記念符「城郭符」や、歴史和菓子「雪窓院」を企画など)