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歴史和菓子「雪窓院」を東京へ|霞マルシェ2018で販売した記録

2018年10月、東京・霞が関で開催された「霞マルシェ2018」に、鹿児島県薩摩川内市の地域おこし協力隊として参加しました。

薩摩川内市の特産品を販売する中で、個人的に大きな目的のひとつだったのが、入来の歴史をもとに企画した和菓子「雪窓院」を東京で販売すること。

試食やアンケートを行いながら、東京でどのような反応があるのかを調べる、ちょっとしたテストマーケティングも行いました。

この記事では、当時の写真やSNSの記録をもとに、霞マルシェでの3日間を振り返ります。

霞マルシェ2018とは

「霞マルシェ2018」は、2018年10月15日から19日にかけて、東京・霞が関ビルディングで開催されたイベントです。

前半の10月15日・16日は「東北復興応援マルシェ」、後半の10月17日から19日は「霞が関からまちおこし」として開催されました。

私が参加したのは後半の「霞が関からまちおこし」です。

参加した自治体は、

  • 山口県岩国市
  • 愛媛県宇和島市
  • 熊本県天草市
  • 宮崎県小林市
  • 鹿児島県薩摩川内市
  • 沖縄県沖縄市

の6市。

各地域の特産品や観光情報などを、霞が関で働く人たちへ紹介するイベントでした。

薩摩川内市の特産品を霞が関で販売

薩摩川内市のブースでは、鹿児島らしいさまざまな商品を販売しました。

焼酎やさつま揚げ、さつまいもを使った商品などが並ぶ中、入来から持っていった商品のひとつが「雪窓院」です。

「霞マルシェ2018」開催! – 霞が関ビルディングより

霞が関ビルディングの当時の公式広報誌でも、薩摩川内市の「おすすめの一品」として雪窓院が紹介されていました。

入来麓武家屋敷群についても紹介されており、入来の歴史と商品を一緒に知ってもらう機会になりました。

歴史和菓子「雪窓院」とは

「雪窓院」は、薩摩川内市入来町にゆかりのある女性「雪窓院」をモチーフにした和菓子です。

雪窓院は、入来院氏の娘として生まれ、のちに島津貴久の妻となった人物です。

商品は、鹿児島の郷土菓子である「かるかん」をベースにしています。

白いかるかん生地の中には、きんかんを練り込んだ白あん。

「雪窓院」という名前や人物のイメージと重なるような、白を基調としたお菓子になりました。

「かしの樹」でで販売。かしの樹と地域おこし協力隊の私と共同で開発したお菓子で、雪窓院の名の雪から、雪をイメージするかるかんと入来の名物である金柑を使用しています。

雪窓院という人物については、別の記事でも詳しく紹介しています。

入来の歴史を「食べられるもの」に

地域おこし協力隊として入来で活動していた頃、地域に残る歴史や文化を調べる中で、雪窓院という人物を知りました。

歴史上の人物を紹介するだけでなく、もっと気軽に地域の歴史に触れてもらう方法はないだろうか。

そんな発想から生まれたもののひとつが、この「雪窓院」でした。

歴史を調べる。

そこから物語を見つける。

さらに、それをお菓子という形にして人に届ける。

今振り返ってみても、自分が地域おこし協力隊として取り組んでいたことを象徴する企画のひとつだったように思います。

「雪窓院」を東京でテストマーケティング

霞マルシェでは、単に雪窓院を販売するだけでなく、試食やアンケートも行いました。

東京のオフィス街で販売すると、鹿児島とはまた違った反応があります。

味についての感想はもちろん、

「かるかんを知っている」

「鹿児島に行ったことがある」

といった話から会話が広がることもありました。

中には、かるかんが大好きだという方との出会いも。

地域の商品を販売する場ではありますが、その商品をきっかけに人と地域がつながっていくことも、こうしたイベントの面白さでした。

雪窓院は売り切れに

イベント期間中、雪窓院は無事に売り切れました。

SNSを見ると、その後に雪窓院を買いに来てくださったものの、すでに売り切れていたという投稿もありました。

当時は単純に「売り切れてよかった」と思っていましたが、今振り返ると、入来という小さな地域の歴史から生まれた商品が東京の霞が関で人の手に渡っていったというのは、なかなか不思議な経験でした。

鹿児島から東京へ持っていって感じたこと

霞マルシェに参加して印象に残ったのは、地域では当たり前だと思っているものが、場所を変えると新鮮に受け取られることです。

鹿児島ではよく知られている「かるかん」も、東京では初めて食べるという人がいます。

逆に、かなり詳しく知っている人もいました。

商品そのものだけでなく、

「なぜこの名前なのか」

「誰をモチーフにした商品なのか」

という物語があることで、会話が始まることもあります。

歴史や文化を伝える方法は、史跡を案内したり文章を書いたりするだけではありません。

食べ物や商品を入口にするのも、ひとつの方法なのだと実感した機会でした。

2018年の活動を、2026年に振り返る

この記事を最初に書いたのは2019年。

当時はイベント時のTwitter投稿をまとめた、比較的簡単な参加記録でした。

それから時間が経ち、改めて振り返ってみると、この霞マルシェへの参加は、単なる物産展への出店ではなかったように思います。

入来の歴史を調べる中で雪窓院という人物を知り、その人物をモチーフにした商品を企画し、それを東京へ持っていき、実際に販売する。

自分が地域おこし協力隊として取り組んできたことが、ひとつにつながった出来事でした。

地域おこしの仕事を離れてから時間が経ちましたが、こうした出来事も記録として残しておきたいと思います。

入来の歴史をもっと知りたい方へ

雪窓院の背景にある入来には、今も武家屋敷の町並みが残っています。

入来麓武家屋敷群や入来院氏に関する記事も、このブログで紹介しています。

雪窓院という一人の女性から、入来の歴史へ。

この記事が、そんな小さな入口になればうれしいです。

参考資料

・霞が関ビルディング「LIAISON 霞が関」霞マルシェ2018関連資料
https://www.kasumigaseki36.com/liaison/download/vol_78.pdf