僕の四国旅行記Vol.3〜犬島・直島 アートプロジェクトへ〜

夏がくるたびに蘇る、初めて四国を旅したときの思い出。

今回は旅の3日目、島巡りの記録だ。

▼前回の記事僕の四国旅行記Vol.2〜四国上陸、こんぴらさんへ〜

はじめに

今日は旅の3日目。犬島と直島に行く日だ。

朝早くにホテルのある丸亀から高松へ向かう。高松港から直島までのフェリー(8:12発)にぎりぎり間に合った。お盆だからなのか船は人が多かった。

犬島まで行くには、直島から船を乗り換える必要がある。直島→豊島→犬島となる。

直島から豊島・犬島行きの船は2時間に1便しかない。人数制限もあるから、人が多いと乗れない場合もあった。

私が船の乗り換えの場所に行くと行列ができていた。定員オーバーで本当は乗れないはずだったが、運良く1人だけ空きがでていた。自分1人です!と名乗りをあげ、運良く船に乗ることができた。

周りは友人やカップル同士で訪れるなか、1人客は自分だけだったのが幸いした。

犬島

直島から船で一時間ほどで犬島が見えてきた。煙突がぽこぽこ生えていた。

島に近づいてくると変な匂いがした。犬島の工場で出ているにおいで害はないとのことだった。

上陸後は犬島アートプロジェクトの建物へ。

船からも煙突が見えたが、チケット売り場からもはっきりと見え、テンションが上がった。

帰りの船のチケットと精錬所、家プロジェクトのチケットを購入。

アートプロジェクトの精錬所へ向かった。チケットを見せて入ると、廃墟のような煉瓦の壁があった。

これはガラスの成分が入った煉瓦らしくつるつるしていた。

犬島精錬所

ここは、100年前の精錬所と、現代アートが組み合わさったもの。

中には美術館があり、昔の精錬所の仕組みの解説や、三島由紀夫の近代化に継承をならした文章が展示されていた。

外の精錬所跡は遺跡っぽくて見ていて飽きなかった。煙突と煉瓦の跡の雰囲気は惹かれるものがあった。

また、敷地の端には発電所跡があった。浪漫を感じる建物だった。

精錬所を後にし、次は家プロジェクトを見に行った。

その後は犬島カフェで犬島弁当を食べて船を待った。

直島

犬島から船に乗り、豊島を経由で直島へ向かう。

船の中で私は爆睡していた。港で親切にも起こしてくれた方がいて、旅での一期一会を感じた。

直島では何をするか迷ったが、とりあえずレンタサイクルで島の反対の本町に行った。

家プロジェクトを見てまわった。街並みが良かった。

また、家プロジェクトの一つである護王神社も訪れた。

拝殿の階段がクリスタルでできていた。中の石室にも入った。

その後は、地中美術館を目指した。途中ダムを見たり、ゴミ箱アートを見たりした。

地中美術館

地中美術館は安藤忠雄氏の設計で建物自体も作品となっている美術館である。

一つの作品を一つずつも見るというものではなく、全体で一つの作品で、それを体全体で感じるというものだった。

私は現代アートに疎いため正直期待はしていなかったが、実際は素晴らしいものであった。

直島港

その後は港に戻り、帰りのチケットが売り出されるまでカウンター近くで待機していた。帰りの船に乗れなかったら島に泊まることになる。チケットが取れなかったらどうしようと焦っていたが杞憂であった。

出港まで時間があったので直島銭湯に行った。

ここも雑誌で紹介されていたので気になっていた。

お風呂セットも購入。中に入るとサブカルな感じの風呂、男湯と女湯の仕切りのところに象がいた。サボテンもいた。

今日はかなり汗をかいていたので気持ちよかった。

直島港では草間彌生のかぼちゃがあった。一目で草間彌生の作品だとわかる。

時間まで船や海を見て過ごした。

帰りの船でも一期一会で他の旅人と話をしながら過ごした。

高松では花火大会をやっていた。帰港を花火が出迎えてくれた。

さいごに

犬島は廃墟とアートという組み合わせに惹かれ、直島のアートプロジェクトは前々から雑誌やテレビなどで見ており、いつか行ってみたいと思っていた。

今日は合計4時間ほど船に乗っていたが、今回の旅でこの2箇所を訪れることができて大満足だった。

豊島は次の機会に行きたい。

明日は香川を離れ、徳島の大歩危小歩危に向かう。

では!

→四国旅行記④に続く

参考

旅程

  • 高松港(8:12) → 直島港(9:08)
  • 直島港(9:20) →犬島港(10:15)
  • 犬島港(13:00) → 直島港(13:57)
  • 直島港(19:25) → 高松港(19:50)

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「埋もれた歴史を発掘・発信」をテーマに薩摩の地でイベント企画や商品開発、情報発信をしていました。( 山城の観光記念符「城郭符」や、歴史和菓子「雪窓院」を企画など)